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ブルンディの病院
筆者は、アフリカ大陸を北から南下する旅を日記にします・・・今日本での生活はどのように過ごしておられるのか、ふと読後に考えさせられました・・・著者は肉体労働者です。

[アフリカ漂流T]
通過する車に便乗を頼む。しかしすべて断られる。いや、金さえ払えば乗せてくれるのだったが、その値は法外なもので、乗る気は起こらない。・・・雨の降る中、・・・やっと一台の車がこちらの願いを聞いてくれる。・・・運転しているのはパキスタン人の青年。カヤンザに日用雑貨品を卸しに行くと言う。・・・彼が生まれたのはタンザニアのザンジバル島。しかし1964年に起こった同国の革命で・・・彼ら家族はその島を逃げるようにして離れたと。そしてルワンザのブレタに来たと言う。商売上手だからどこへ行っても、それなりの仕事は出来る・・・


お金持ちというのは、庶民を相手に上手に稼ぐものなのでしょうか・・・彼の家族も又同じであり、富めた者は革命から逃げる立場にあった1人でした。しかし、生きて行く上で必要なものは、食べるために国境を越えられる言葉の力を持つ事だと改めて私自身(HP管理人)教えられました。なぜなら彼は5つの言葉を使いこなせるという事ですから。まず、母国語のウルドゥ語、生まれ故郷のスワヒリ語、英語、ルワンダの現地語、フランス語、そしてアラビア語を少し・・・。このパキスタン人の青年は、とても親切であったと記されています。旅の中での困った時の親切はとても忘れがたくありがたいものとなるようです。このあと、筆者はマラリアにかかり、現地に住む日本人にひどくお世話になります・・・しかし忘れられない病院の治療も受ける事になりました。

[アフリカ漂流T]
入院当初、血液検査の為の血が採られる。しかしそのやり方は無茶苦茶だった。この病院の医療技術に不安を覚える。だがここに居る以外、他にどうしようもない。ここはブッシュブラ(首都)で、一番大きな病院であったのだろうから。
・・・・・・看護婦はベットの傍に立つと、「腕を出しなさい」・・・臥する私は起き上がって、袖をまくって腕をさし出す。彼女は一応の消毒を腕に施すと、採血針を刺す。しかし・・・。

針と、血を受けるべく試験管との間に管はなく、針から抜かれ伝わる血液は、・・・ベッドのシーツの上にこぼれ落ち続けた。かなりの滴(しずく)がシーツを汚した。しかし看護婦は、慌てる風もなく、全くそんなことには頓着せず・・・・・少しも表情を変えず・・・・・血の行方を追っていた。
試験管が八割方満たされると、それを私に持たせ、針は抜かれた。そして抜いた処(ところ=まだ血はしみ出ている)への処置はと言うと、強く押さえるのではなく、脱脂綿で強く擦るのだった。・・・彼女はそれを何度も繰り返した。

おぞましき光景というのでしょうか?信じられない看護婦さんの行動、生き地獄とはこの事なのではないかと思わされますね。そのうえ、病院のベットシーツはピンクの地に花模様・・・湿っぽくて臭く、蚤(のみ)まで付いていたとか。・・・熱が出ても相当我慢してきた旅の末に、頼りたくない著者がどうしようもなくなり現地の日本の方に助けを求めます。そこまで病気が悪化していたのでそんな病院でも慌てて逃げる事も出来ず・・・・しかし、そういう状態が実は彼を救ったのかも知れません。中途半端で余力があれば、多分その場から退散・・・になってもおかしくない状況ですから。^_^;
そのうちお尻などに注射を繰り返すうち、また日本人のHさんに毎度お見舞いをして頂きながら平常な本人に返って行きます。20年以上も前の記録ですから、今は医療の状態は変わっていることを祈るばかりですね。アフリカへのご旅行は決意が必要です、ほんと。
(^.^)
時代は1981年頃です・・・
題名:「アフリカ漂流T」
(副題 アフリカ乞食行)
著者:鈴木 正行
初版:1987年10月30日
発行所:学文社

02.12.14



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