編集後記画家のご紹介(38) 目次に行きます…
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タンザニア絵画展前、「画家と画商」2003
タンザニア訪問記
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ザンジバルのハシム…
…私は彼の作品であるザンジバル生まれの木版画を何点か持っていました。原色でストレートな動物たちが表現されたティンガティンガとは、相容れない白と黒のコントラスト、そして繊維が惹きつける和紙・・・また、人というモチーフで構成された彼の作品でしたから、私のHPからは紹介し辛い内容のものだったのです。
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…けれども、2度目の展示会は“ティンガティンガ展”とはせずに、“タンザニア絵画展”と命名して、彼の作品が披露できるスペースを設ける事にしたのです。しかも、その場所は明るくユッタリとしたスペースであるために、充分な観察が出来てとてもありがたいといえるものでした。
私はタンザニアの木版画は「これはいける!」…そう思ったのです。何よりも彼の作品はストーリー性に溢れていました。また準大賞という栄誉ある賞を札幌ビエンナーレで授かっていたのですから、いうことはありませんでした。

1枚がタンザニア絵画のコレクターに渡った時、とても嬉しく思いました。額もマットもいい感じに作品をホロしていたと思えた作品です…。中には、初版のエデッションナンバー1という作品もありましたが、人々は気が付きませんでした。家宝にもなる素晴らしい美術品であるはずなのですが。工房の事務局長もそんな作品のナンバーを見落とされている事に、不思議さを感じておられたようです。

しかし観衆は無口…、原色と動物、そして可愛らしさが現れていない作品にはもう一つ乗り気ではありませんでした。…それは、本当に芸術を愛する美術愛好家との出会いが無かったのかもしれません。


受賞作品の原版(一部)
…帽子を被ったムスリムの横顔…その自画像が掘り込まれた「MY LIFE」の原版をご覧頂いてます。

目を閉じて黙想する姿です。
片方の足には靴を履かせ、もう片方の足には何も履かせず…貧富の差を表現します。そして人生を導いてくれるのは筆の杖!

私はこの作品が大好きです。
私はこのような作品と出会えるとは思ってもみなかったのです。
確かにこの作品ならば、賞をとっても可笑しくはありません…抽象的な現代芸術が多い中で、彼の作品には心情的なタンザニアのメッセージがちゃんと含まれています。ムスリムを描くザンジバルの版画家、ハシムからみたタンザニアと先進国…。

彼は、芸術作品を描きつづけるよりも、大学でもっと勉強して学者になりたいという希望があるのです。子供がすでに3人いるのに、学問に魅力を感じるハシムです。
私が彼の家に向う途中で出会ったマンゴの巨木になど、少年時代の彼はとても登って遊びはしなかったのではないかと思わせるほど静かな性格です。4畳半ほどの狭いコンクリートの内庭でしゃがみ込み、屋根と洗濯物の隙間から青い空を見つめていた少年時代が薄っすらと浮んできます。
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はるばる日本から出かけたにもかかわらず、1枚も作品を持っていなかった…というのが実は本当の話です。私は、その話を食事をしながら聞いて、愕然としたのを憶えています。私は私の耳を疑ったのはいうまでもありませんでした。


ハシムの住む家
ブロックとトタン屋根で作られた小さな家に、彼は家族と住んでいます。開拓に来てその時にとりあえず建てた家のような、そんな住居が無数にあります。しかし、ここは社会主義時代に作られた団地である事に、ふと気が付きます。

仕方ないので彼の家に行く事にしました。何も手ぶらでは帰れません…わざわざ本土より渡ってきたというのに…。確かにメールには、絵を観て欲しいとあった筈ではないのか?…生活に困ってあちらこちらに声を掛けて売ってしまったのでしょうか?

しかし、彼は後でこんな事をいってました。「日本へ行きたい。」(え?個展を開きたいのかな?)「お金はあるんです。」(?)いざという時のために個展で売れた絵のお金や受賞時の賞金をのけているのでしょう、きっと。日本人に愛された分、忘れられなく…つい、また行きたいという気持ちが言葉に現れるに違いありません。

厳しい言い方ですが、その前に一人の画家であって欲しい…そう思うのです。画家は自分を評価される前に、作品を評価されるべきでしょう。だから、山ほど自分のメーセージを作品にたくして創作を続けて欲しいのです。彼が死んでも何も残らないでしょうが、作品は遺せるはずですから。作品こそが次の世代へと引き継がれ歴史に足跡を残せるものではないでしょうか?
そうです…彼は後世にメッセージを残せるだけの市民権を得ました。それは札幌ビエンナーレ展での受賞でした。日本の有識者がタンザニアに住む彼にメッセージを発信出来る権利を少し与えたのです。それを有効に、かつさらに高いレベルの市民権、発言権をものにするためにも…描くべきなのです。
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笑顔を見せたハシム
画家は描きながらは喋りません。白いキャンバスに向いながら、また木版画家は原版原木に向いながら黙想するのです。

作品はいつしか画家の言葉になり、彼がその地域の、またその国の、またその時代の代表的代弁者となるのです。受賞者は、そのメッセージをおおやけに発信する事を許されたのです。
芸術家とは、そんな意味を含んでいるのではないでしょうか?

先進国へ一歩足を踏み入れてしまうと、それは忘れがたい羨望(せんぼう)の種を自身の内に植え付けてしまうものではないでしょうか?現実的な生活を目の当たりにして…。しかし、一般の人々でしたらそれは、生活に追われて消えて無くなるかも知れませんが、彼には黙想が許されているのです。作品を手掛けながら、先進国への希望の橋を夢見ながら。

そんな彼を受賞へと導いたのも実は、現地に住むミスターザンジバルであったとは知りませんでした。育てたのは確かにNGOの方々でしょう…しかし、彼らの作品を日本の土俵へと導いたらどうかと考え、力を貸し手続きをしたのはミスターザンジバルでした。ハシムの作品には、イスラム教徒の香りが漂います。ムスリム達の心象が初めて絵画を通して明かされるようです。これからも益々すばらしい作品を発表して欲しいものですね。

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2003.12.11
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