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タンザニア大使の夢
今、タンザニアを初め、ほとんどのアフリカ諸国は、外国からの経済援助なくしては、国を回していくことが出来ない状態です。援助金なしで国を回していく為には、国自体が、経済的に自立する以外道はありません。そして、経済的な自立の為には、輸入にも輸出にも一切頼らず、全てを自国で生産し、自国で消費し、その中で経済を回していくか、自国の原材料や製品を適正な価格で外国に売ることで外貨を得、それで国を経営せねばならないのです。

なぜ原材料を売るだけではダメなのかというと・・・原材料を安く買い叩かれて、外国から高い値で製品化された商品を再輸入しなければならなくなり、まるでそれは植民地時代から続く、原材料輸出国の重い宿命のようなものだからです。

ムタンゴ大使はアフリカで直に製造され輸出されるアフリカンコーヒーこと「アフリカフェ」を推奨されておられます。何故かおわかりになったかと思われますがさらにその事に言及いたします。


原材料であるコーヒー豆を輸出する場合、そこにかかわる人は直接のコーヒー農園の人々のみです。
しかしアフリカフェ=インスタントコーヒー商品の背後には農園従事者以外に焙煎工場や製缶工場で働く人々、ラベルやパンフレットを印刷する印刷工場の人々、梱包業者、配送業者、小売業者などがおられて輸出すればタンザニアに外貨が入ると同時に、これらのどのセクションも経済的に潤うようになるのです。・・・・私は、自分が死ぬまでに、先進諸国からの援助金なしで経済的独立を果したタンザニアの姿を見るのが夢です。また、それに向かって自分の命ある限り、タンザニア発展のために力を注ぐつもりです。

なるほど、大使の夢・・・実現したらいいですね。なんだか私の思いと大使の念願が同じなので不思議です。実は応援したくなって、アフリカフェを取り寄せて飲んでみたのですが結構いけました。癖が無いので紅茶のように朝昼晩と頂けます。それで現在当INPIC企画でも取扱店として登録申請中です・・・・・・(^.^)
アフリカから日本へ輸入されている「アフリカフェ
01.12.19



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タン日は違う経済状況にあるが同じ天秤の上に?
アフリカで多く見かけるのはヨーロッパの車、ついで日本の車である。

大型のバスやトラックはベンツ・フィアットといった会社の車が多い。普通の乗用車だとプジョー・ワーゲン・トヨタ・ニッサン・ホンダといった車を多く見掛ける。勿論大抵が中古車で、中にはスクラップ置き場から引っ張り出して来たような車も走っている。車もいまや世界中を流れ歩くとしたら、アフリカ大陸がその終焉の地になるだろう。この大陸から再び生きて出て行くやつはいない。ヨーロッパや日本で使われ、大半の使命を終えたあと最後の御奉公としてアフリカ大陸へ送られ、そこで残された力をふりしぼって悪路と闘い、そして生涯を終える。何かその一生は勤勉で実直なサラリーマンの生き方を見るようで、たかが大量生産された工業製品とはいえ、ある種の感慨を覚える。・・・・

路面が穴だらけになっている砂利道を走る。そこを抜けると乾いた赤土の道になり、周囲には畑が広がった。沿道の木陰で空き箱を置き、上にトマトやキュウリ、ナスやジャガイモ、キャッサバみたいな根菜類を並べて売っている。農民が自家消費以外の農作物を、手っ取り早く金に換えようとしているのだ。

タンザニアは独立以来、作物の増産を目指したがうまくいかなかった。旧来の農法を合理化して、換金性の高い輸出用作物ばかりを作ることに、農民がついていけなかったからだ。その生産力の低下は都市部におよび、工業化の足を引っ張り、近代化を阻む大きな要因になっている。地方では生活物資にも事欠く有様だ。

国の通貨にも信用が無く、闇両替が横行しドルやケニヤシリングが集められている。・・・・道路で埃を被りながら、わずかばかりの野菜を並べているこの国の農民にとって、車を雇って自然や動物を見て歩く欧米人や一部の日本人はどんな存在なのだろうか?


なるほど、そういわれると考えさせられますね。
海外派遣に行く青年だけがタンザニアと関係を持てばいいわけではなくて、日本の民間人ももっとタンザニアに関心を向けて経済の流れを形造る必要性を感じます・・・・しかし日本も加工貿易で経済的に潤った時代が収束に向かい、今では中国などがかつての日本に変わらんとする勢いを得ています。そういう意味でも双方の共存共栄策をより一層模索し続ける必要があるように思えますがいかがでしょうか?(・_・)
参考資料:「タンザニアの草原にて」加瀬直明より
01.12.17



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タンザニアの赤ちゃんは何色?
タンザニアの赤ちゃんは、赤くはありません。普通、産まれると真っ赤な顔をしていますよね、日本の赤ちゃんは。ところがタンザニアの赤ちゃんはそうではありません。尾田さんの「愛しのタンザニア」を参考にしてみます。

赤ちゃんが戻って来た。(病院から)
現地人のように黒かったら、子供もきっと黒いと思っていたのに、子供は真っ白いといっていいほど白い。驚いて見ていると、
「白いんで驚いているのでしょう。産まれたての子供はどの子もこんな白さで生まれて来る。貴女達と同じ色でしょう。だけど一週間もすると、すぐに色が出来て黒くなってしまうの」
「へぇー、どの赤ちゃんも?」
「ええ、どの子も。」・・・・・

一週間ほどたって、ルーシーの家にまたお見舞いに行った時、子供は言われていたように、もはや、あの白さなどは全く何処かに消えたか、すっかり黒い肌色になっていた。

ほんと、不思議不思議・・・。
時間がたつと色が変わるなんて.....
参考資料:「愛しのタンザニア」尾田稲子より
01.12.9



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タンザニアの一夫多妻
男性にとって、妻の数は、その財力、権力のバロメーターであり、女性にとっては、働く仲間だとすれば、どちらにとっても、一夫多妻は、歓迎する事だったに違いない。だけど今時代は変わって、人々は、定職をもち、定住するようになって、その上、水道まで引かれている。女性の一番の仕事だった水汲みからは、解放された。自分を眺めるゆとりが出てきた時、夫婦喧嘩が始まりそして、妻同志のすさまじい喧嘩も。

何代も何代も受け継がれてきた一夫多妻の風習は、今もって当然の事として行われている。二人の奥さんがあっても、町に住んでいても、仲良くやっている人達も多い。公式の場でも、三人一緒に出席して楽しそうにしている時も多い。
だけど、タンザニアの法律は、一夫一婦制を定めて、法律的には1人しか認めなくなってしまった。それに今度は私生児を生んだ女の人には公職につかせないとのきつい法律。実際に、その法律のために学校の先生とかの職を追われた人達を幾人か知っている。こうして、一夫多妻は、法的な面から断たれたし、また、教育が普及するにしたがい、その教育を受けた若い多くの人々からも一夫多妻の習性は急速に失われつつある。
生活環境が大きく変わってきた今はその過渡期である。

長い間私は、一夫多妻制を許されているのだと思い込んでいました。知人の話をそのごとく固く信じていたのです。しかし、尾田さんの本によると、すでに1980年代からそういった法律が決められていたんだということが分かります。
参考資料:「愛しのタンザニア」尾田稲子より
01.11.29


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